bonの暮らし

メンヘラの備忘録

知らないうちに、離人症。

現在、弟が彼女を連れてきて、部屋から出られないので、暇つぶしに書いてみる。
あ、弟が誕生日だった。おめでとう。

わたしは、就活せず、かといってバイトもせず、卒論も先生にケツ叩かれてやっと書いた感じのクソ以下のメス豚ニートです。
中退したい、早く大学をやめたい。
そんなことしか考えていなかったわけだから、卒業なんて嬉しくもなんともなかった。
未だに「おめでとう」と言われるけど、こみ上げる嬉しさ?ちっともないね!
ただ、こんなわたしを卒業させようとしてくれた先生方と別れるのは悲しかったかな。


最近、とてつもない離人感に苛まれている。
これは、感じたことのない人は本当にわからない感覚なのだろう・・・、
例えば、人混みのなかに入ることがあると、帰宅したときに「なんかふわふわするな…」っていう感じを持ったことありませんか?
わたしは中学時代に初めてそれを体験しました。
次の日、学校休みました。さいてー。
普通は、休んだら治ってることが多いんですけども、最近、そのふわふわがずーっと続いているんです。


大学をやめたい。と本気で思っていた頃、ある先生に資料を返しに行きました。
その先生は、わたしを見てすぐに、「ここに座りなさい。」と言って、温かいお茶を出してくれました。
そして、泣き始めてしまって話せないわたしを見て、「あなたはね、雁字搦めにされてるように見える。」と言いました。

一説によると、離人症の人は、強烈なストレスを感じているから、自分を守るためにそうなるらしい。

泣き出した当時のわたしは、学費のこととか、家族のこととか、自分の摂食障害自傷のこととか、いろんなことで悩んでいました。

・・・でも、今は?

そう、特になにもないはずなのに、離人感がずーっと続いている。


わたしは、何かをするときに、自分を追い詰めて、焦る性格だったんです。
「どうしよう間に合わない」「どうしようできない」
焦って、作業に手がつかない。勉強しても、焦って詰め込むことしかできないから、成績は上がらない。
そういう性格でした。昔っから。

でも、卒論を書いているときは、不思議なほどそれがなく、何も考えずただただ打ち込んだり、分析かけたりしていました。
気が付いたら、きちんと初稿を提出していました。
自分でも謎です。
思えば、卒論を執筆している時は、もう離人症になっていたのかもしれない。

自分が自分でない感覚。
だから、傍から見ている感じでした。
今も、です。


実は、最近原因がわかってきました。

たぶん、わたしは実家にいるからこうなっているのではないか。と。
(この件はまた今度。)

ベースは実家の親子関係のストレスだろうな、と。
自分で書いてる日記の内容も、最近はそんな感じばっかりです。
なので、少し耐えて、お金貯めて、なるべく早く家を出ます。

つらいのは、喜怒哀楽の波がないこと。
チッ。と思ったりもするけど、すぐにその感覚を忘れてしまう。
友達が悩んでいて、心理的に接近して、結果的にいい方向に進んで、いろんな人に「ありがとう」「あの子の命を救ったんだよ」とか言われても、…それで何?くらいにしか思わない。
だから、ハロワに行ったり、バイトの電話したりするのも、自分じゃない気がしてます。

今までの自分と、今の自分、
そしてそれを傍から見ている自分、
わたしは、一体何者なのだろう。